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<title>創・咲く！</title>
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<description>～公募ガイド社制作・プロデュース室ブログ～

文芸・アート・音楽・写真・映像……。    
創作に関する、さまざまな情報をお知らせいたします。
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<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/tk-8-c585.html">
<title>TK-プレス　其の8「文学史のタイムトンネル」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/tk-8-c585.html</link>
<description>以前、「現代作家写真館」という作家の書斎を訪問する連載があり、通りすがりに作家の...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;以前、「現代作家写真館」という作家の書斎を訪問する連載があり、通りすがりに作家の候補を挙げてくれと言われたので、たまさか読んでいた作家名を出し、「丸谷才一さんをぜひ」と何気なく言った。そんなこともすっかり忘れていたある日、連載担当の写真家、榊原和夫さんが来社し、「丸谷さん、OK出たよ、来週金曜、同行してくれ」と言う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「来週？　来週は社員旅行なんですけど。っていうか、オレ、担当じゃないし」と言うと、「社員旅行なんか行かなくていいよ。丸谷さんに、編集部に大ファンがいるって言っちゃったもん。来てくれなきゃ困るよ」と若干キレぎみ。まいったなあ。社員旅行はいいとして、大ファンだなんて。ファンはファンだけど、読んだ本はすべて文章読本や日本語関係で、『たった一人の氾濫』も『横しぐれ』も『女ざかり』も読んでないし、今から読もうにも時間がない。小説はじっくりと、興を覚えたときでないと読めない性質なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんなわけで、変に質問して“読んでない”ことがバレないように終止控えめに撮影に立ち会い、さて、そろそろ帰ろうかというとき、丸谷さんの机に硯があるのに気づいたのだが、仕事が終わって気が抜けていたのか、「筆で小説を書くんですか」とアホなことを聞いてしまった。丸谷さんも内心、そんなわけあるかい！と思ったとは思うが、「谷崎潤一郎賞をもらったとき、谷崎さんの奥さんにもらったんだよ」と丁寧に教えてくれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;谷崎の奥さん？　『細雪』の幸子のモデルの？　へえ！　と思って硯を覗いたとき、そこに「谷崎潤一郎、丸谷才一……」と連綿と続く文学史のタイムトンネルのようなものが見え、その末席に自分がいて、なんだかわけもなく感動してしまった。作家の持ち物だとか遺品だとかには一切興味がなく、文学館とか記念館とか生家とか太宰が心中した玉川上水とかに行くやつの気が知れないと思っていたが、あの硯の体験だけは不思議だった。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「TK-プレス～作品添削講座通信」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-11-10T08:27:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/7-cf99.html">
<title>小説抄　其の7「谷崎潤一郎『痴人の愛』」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/7-cf99.html</link>
<description>男は初という男勝りの女性に求婚するが、初は既婚であり、代わりに妹の千代を薦める。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;男は初という男勝りの女性に求婚するが、初は既婚であり、代わりに妹の千代を薦める。男は姉妹なら似たような性格だろうと嫁にもらうが、千代は貞淑で従順な女性であった。余人なら手放しで喜ぶところだが、男の嗜好には合わず飽き足らなくなってしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな折、男は千代の妹のせい子と出会う。せい子は初に似たタイプであり、男は入れ込んでいく。男とは谷崎潤一郎である。せい子は『痴人の愛』に出てくるナオミのモデルと言われている。同作には主人公の譲治がナオミの足を好んで舐めるシーンが出てくるが、谷崎本人にそうした嗜好があったかどうかまでは知らない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とまれ、千代の話。貞淑であることは離婚の理由にはなるまい。これは谷崎も考えただろう。そこで谷崎は一計を案じ、千代の境遇に同情している親友の佐藤春夫に「千代をもらってくれないか」と持ちかける。佐藤としては「そんなバカな」だが、だんだんその気になる。千代も同じ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが谷崎はそうは言ったものの、恋をして綺麗になっていく千代を見て手放すのが惜しくなり、「この話はなし」と前言を翻す。怒った佐藤は谷崎と絶交し（小田原事件）、千代を想う詩を次々と発表する。言わば公開ラブレターだが、「秋刀魚の歌」はそんな中で生まれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それから10年後の昭和5年、谷崎は「千代を佐藤に譲る」という声明を発表する（細君譲渡事件）。当時は妻を物のように扱うと非難されたが、「いらないからやるよ」ということではなく、激しい嫉妬をした末に「そんなに好きならくれてやる」という面もあったらしい。興味のある方は『蓼食う虫』を読むべし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに千代はその後、佐藤と結婚、終生静かに暮らし、谷崎は二度の離婚を経て松子と再婚、次女の松子ほか四姉妹をモデルに『細雪』を書く。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「YONDA-HON～小説抄」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-11-03T08:15:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/tk-7-0287.html">
<title>TK-プレス　其の7「仮説の証明」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/tk-7-0287.html</link>
<description>修学旅行で銀閣寺に行ったとき、近くに、三木清（と西田幾多郎）が思索しながら歩いた...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;修学旅行で銀閣寺に行ったとき、近くに、三木清（と西田幾多郎）が思索しながら歩いたという「哲学の道」があるというので寄ってみた。行ってみれば、そこはなんの変哲もない道ではあったが、あの三木もここを歩いたのかと思うと、気分だけは哲学者だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この三木の著作に『人生論ノート』という随筆のような、アフォリズムのような本があり、思わず唸ってしまった一節があった。&lt;br /&gt;《生きていることは、ただ生きているということを証明するためではないであろう。――そのような証明はおよそ不要である、――実に、一つの仮説を証明するためである。だから、人生は実験であると考えられる。》&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仕事柄、よく「プロになれますか」と聞かれるのだが、もちろん、なれるともなれないとも言えない。どんな道を目指すにしろ、なれるという保証があって始めるものではなく、なれると仮定し、その仮説が正しいことを証明するために頑張るものだろう。だから、なりたいのなら、その仮説を証明してみてはどうか、としか言えない。当然、実験であれば仮説が間違っていたと判断せざるを得なくなることもあるだろう。しかし、突き詰めて言えば、それはそれでいい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;通訳、旅行ガイド、翻訳を経て、今は料理研究家、エッセイストとして活躍している玉村豊男さんは、かつて公募ガイドの中でこう語ってくれた。&lt;br /&gt;《人は、自分の人生を、決して自分の手で“選び取る”ことはできない。できるのはせいぜい、与えられたほんのわずかの選択肢のなかのひとつを、自分の意志で“選び直す”くらいのことでしかない。しかしもしもなにかひとつでも目の前にあるものを自分からつかみ直すことができたら、そこからまた別の人生が開けてくるかもしれないと思うのである。》（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「TK-プレス～作品添削講座通信」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-10-27T08:07:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/6-ae71.html">
<title>小説抄　其の6「井伏鱒二『山椒魚』」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/6-ae71.html</link>
<description>1990年、芥川賞作家の八木義徳さんに原稿の催促をしたとき、ちょうど全集のゲラ（...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;1990年、芥川賞作家の八木義徳さんに原稿の催促をしたとき、ちょうど全集のゲラ（校正刷り）を読んでいたらしく、「昔の作品に赤を入れだしたらきりがない。だから、ほどほどにしておく」とおっしゃっていた。作品は微妙な力学の上に積み重なったものだから、大きな修正をすると全体に影響し、通しで書き直さなければ流れが悪くなってしまうからだろうと思ったが、今にして思えば、このときの八木さんの頭には井伏鱒二の一件があったのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;井伏鱒二は常に推敲しつづけた人として知られるが、1985年、『井伏鱒二自選全集』（新潮社）に「山椒魚」を収録した際は、作品の最後17行、すなわち《ところが山椒魚よりも先に、岩の凹みの相手は、不注意にも深い歎息をもらしてしまった。》から、最後の《「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ」》までをばっさり削ってしまった。連載小説を単行本にするときなどに大幅に加筆するということは珍しくはないが、既に世にでて久しい作品の、しかも結末の重要な部分を削るというのは異例のことだった。当然、賛否両論の議論が巻き起こった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あれから二十余年、そう言えば今はどうなっているのかと新潮文庫を買い、2008年の第100版と、手元にあった1980年の第46版を比べてみたが、字詰めやふりがなを除けば内容はまったく同じだった。ということは、二つの「山椒魚」が存在することになるが、歌で言えば新潮文庫のほうは元歌で、自選全集のほうは「山椒魚1985年バージョン」ということになるのだろうか。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「YONDA-HON～小説抄」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-10-20T08:52:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/tk-6-3df0.html">
<title>TK-プレス　其の6「物語の文法」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/tk-6-3df0.html</link>
<description>ある作家に「作家の条件」と題する原稿を依頼したところ、その中に「物語のパターンに...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ある作家に「作家の条件」と題する原稿を依頼したところ、その中に「物語のパターンについてはひたすら、たくさん本を読んで学ぶしかない。しかも、二十歳を過ぎてからでは遅い」と書かれており、二十代以上の人が読んだら寝込んでしまうのではないかと思ったことがある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ものの本によると、お話を作る能力は五歳くらいからつきはじめるそうで、幼稚園児でも「お母さん・公園・ハサミ」といったキーワードを与えられると、それなりにお話を作るという。それを可能にしたのは、お話を読んだ経験があったから。文法を知らない幼児でも言葉を話すように、何十冊も読み聞かされるうちに物語の文法を無意識に理解したのだ。これが分かっていると、素材さえ放り込めばまるでジューサー・ミキサーのようにたちどころに物語を紡ぎだす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この力は、若いうちに決まってしまうという意味では動体視力と似ているかもしれない。筋力や持久力は大人になってからでもつくが、動体視力は十歳前後までにどんな遊びをしたかで決まってしまい、歳をとってからトレーニングをしてみてもさしてよくはならない。同様に物語力も、頭がかたくなる二十歳前後までにどんな本をどれだけ読んだかで決まってしまい、成人してから鍛えても大きな成果は期待できない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一点、光明があるとしたら、今は衰えているが、かつてはよかったと仮定できること。もともと悪いものは飛躍的には伸びないが、衰えているだけなら訓練次第ではめきめきと回復する可能性は十分にある。&lt;br /&gt;もちろん、すぐにとは言えない。遠ざかっていた時間が長ければ長いほど勘を取り戻すのには時間がかかる。何年も放っておいたら車だってメンテが必要なように、元に戻すにはそれなりの時間がかかる。まあ、しばらくは我慢ですね。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「TK-プレス～作品添削講座通信」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-10-13T08:41:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/5-eb0d.html">
<title>小説抄　其の5「藤沢周平『たそがれ清兵衛』」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/5-eb0d.html</link>
<description>父から届いた初版本には、ダンボールの隙間を埋めるため適当に本が詰めてあった。何か...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;父から届いた初版本には、ダンボールの隙間を埋めるため適当に本が詰めてあった。何かの役に立つような実用書のたぐいは読まないので処分してしまったが、その中に藤沢周平があり、もったいないのでとっておいた。が、しばらくは積ん読だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;歴史小説は読むが、時代小説は食わず嫌いで、名もなき下級武士の話なんて読んでも仕方ないと思っていた。しかも、帯には「映画化」なんて書かれている。映画化がなんだ、みんながそっちを向くなら、俺はいいでしょと反射的に思ってしまう。流行なんて大嫌いだし、それに乗っかっていい気になっているやつにも虫唾が走る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、ある文芸評論家の方が「時代小説アレルギーがある人でも藤沢周平は大丈夫」と言っていたことを思い出し、半信半疑ながら電車の中で読み始めた。もうまんまと嵌まってしまった。「自分と同じような人が、自分にはできないことをやる」というからくりは見えているのに、自らツボに嵌まりたくなって止まらなくった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;気づくと電車は最寄り駅に着いており、慌ててホームに飛び出た。そこに知り合いがいて「ずっと横にいて挨拶しようと思ったのですが、なんか近寄りがたい雰囲気で」と。彼によると、声にこそ出さないが、私は一人唸ったり、ほくそ笑んだりしていたそうだ。やべえ、それじゃあ、ちょっと危ない人だよ。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「YONDA-HON～小説抄」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-10-06T08:18:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/tk-5-3ba4.html">
<title>TK-プレス　其の5「成長曲線」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/tk-5-3ba4.html</link>
<description>スキーを始めたのはほんの子どものときだったが、見よう見まねでボーゲンをやったらす...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;スキーを始めたのはほんの子どものときだったが、見よう見まねでボーゲンをやったらすぐにでき、なんだ簡単だなと思ったら、それから10年、ほとんど進歩しなかった。もともとが自己流だからどうにもコツが分からなかったのだ。それでも子どもの頃はそれなりに楽しめたが、大人になってボーゲンではさすがにかっこ悪いと、意を決してスキー教室に入った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこではパラレルを教わったのだが、半日の教習では上達したのかどうかよく分からなかった。ところが、翌日、何かの拍子にいとも簡単にターンができてしまった。そのときになって、これが先生の言っていた外向外傾というやつかと初めて納得できた。自己流で10年かけてできなかったことが1日でできてしまったわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;技量や技術は少しずつ上達するわけではなく、長い停滞と劇的な進歩を繰り返すものらしい。基本を習得する最初は急激に進歩し、その後、長い停滞期に入る。練習と研究を重ねても進歩せず、それどころか努力するほどに下手になったりする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それで嫌になって諦めてしまうなら、それがその人の限界ということになるのだが、そこで踏ん張って努力を続けていると、ある日、突然に上達する。そして、さらに高みを目指してまた長い停滞期となる。この河岸段丘のような進歩の過程を図にしたものを成長曲線と言う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただし、ただ待っていても劇的な進歩は訪れない。基本をマスターしていること、停滞期を迎えても飽くことなく精進していること、そして、飛躍するきっかけとなる人や物と巡り合うこと。&lt;br /&gt;（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「TK-プレス～作品添削講座通信」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-09-29T08:45:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/4-1e89.html">
<title>小説抄　其の4「山本有三『路傍の石』」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/4-1e89.html</link>
<description>病床の人に「（形見に）何か欲しいか」と言われたら、「気の弱いことを」と言って元気...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;病床の人に「（形見に）何か欲しいか」と言われたら、「気の弱いことを」と言って元気づけるのが普通だと思うが、父にそう言われたときは思わず「初版本を」と言ってしまった。それは近代文学の初版を復刻させたもので、ちょっとした思い出の品でもあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中学生のとき、ふとこの初版を見ると『新編・路傍の石』とあるのに気づいた。当時の新潮文庫はただの『路傍の石』だったが、初版本のほうはなぜか「新編」なのだ。こうなるともう違いを確かめずにはいられない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、箱を開けてみると断裁されておらず、ページが開けない。昔はペーパーナイフで1ページずつ切りながら読んだのだ。そこではたと考えた。これは切っていいものだろうか。いいわけないよな。レプリカだからいいか？　いやレプリカだからこそまずいのでは？　しばらく迷ったが、しかし、隠されたものを目前にしてどうして見ずにいられよう。“知りたい”は“食べたい”以上に我慢できないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最後のページのほうを切ってみると、果たして文庫にはない続きがあった。中学生にとって旧仮名遣いは難しかったが、それを読んで満足し、満足したら何が書かれてあったかはどうでもよくなってしまった。好奇心とはそうしたものかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;すっきりしたはいいが、問題が残った。これをどう始末するかだ。箱から出せないように細工するか、それとも隠匿してしまうか。迷った末、長塚節と谷崎潤一郎の間に挟んで静観することにした。幸い、初版本は洋間の飾りだったから繙く者もなく、その後も誰にも開かれることなく数十年を過ごし、今は私の本棚にある。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「YONDA-HON～小説抄」</dc:subject>

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<dc:date>2009-09-22T08:44:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/tk-4-d916.html">
<title>TK-プレス　其の4「言うことはレベルによって変わる」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/tk-4-d916.html</link>
<description>今夏、甲子園に出場した横浜隼人高校の守備練習を見ていたら、バックホームの際、内野...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今夏、甲子園に出場した横浜隼人高校の守備練習を見ていたら、バックホームの際、内野手はすべてバックハンドで捕っていた。そのほうが送球しやすいからだろう。逆に外野手は体を開いて捕球していた。横から見たほうがバウンドが分かりやすいからのようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、相手が小学生なら、やはり基本どおりボールの正面に入れと教えるだろう。この年代はどう捕るかより、いかに動くかというアジリティー（俊敏性）が優先されるから。つまり、同じプレーをしても相手のレベルによって指摘することは変わるということ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;欠点が分かっていても直さないこともある。以前、極端にインステップする投手がいて、そのチームの監督さんに聞いたところ、「ボールが“来ている”から今はいじくらない」とのことだった。変にいじくると全体のバランスが狂うそうだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;直したくても直せない場合もある。小学校低学年だと理屈を理解できず、できても筋力不足でマネもできない。だから、気長に基本の反復練習をするしかないのだが、短期間での上達は諦め、どこかいいところを探して褒めたりすると、気をよくして急にうまくなったりするので驚かされることがある。だが、反面、そういう根拠のない自信は壊れやすくもある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;えーと、前置きだけで終わってしまいました。つまり、すべてのアドバイスには似たような面があるという話です。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「TK-プレス～作品添削講座通信」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
<dc:date>2009-09-15T08:22:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/3-5394.html">
<title>小説抄　其の3「太宰治『晩年』」</title>
<link>http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/3-5394.html</link>
<description>「トカトントン」という喫茶店を見つけ、父親と一緒に入ったところ、案の定、店じゅう...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「トカトントン」という喫茶店を見つけ、父親と一緒に入ったところ、案の定、店じゅうが太宰の著書だった。当時は太宰ばかり読んでいたから、たまには父親の鼻をあかしてやろうと、「芥川賞の候補作に『晩年』があがったとき、太宰は受賞を依頼する手紙を書いたんだ」と言ったところ、「それは釈迦に説法だな」と。手紙を書くのが釈迦に説法？　なんだ、それ？　私は訳が分からない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この『晩年』は太宰最初の小説集であり、晩年に書いた作品ではない。ただ、著書「『晩年』に就いて」の中で「これが、私の唯一の遺著になるだろうと」思ったので題名を『晩年』にしたと書いているように、本人は二十代の今を晩年と思っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この前年、第1回芥川賞のときにも太宰は候補にあがっている。『逆行』と『道化の華』がそうで、『逆行』は最終候補に残ったのだが、受賞作は石川達三の『蒼茫』だった。太宰は、川端康成の選評「私見によれば作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みがあった」に激怒し、「川端康成へ」という一文を著している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その後、第3回のときにも『晩年』が最終候補にあがり、太宰は川端康成と佐藤春夫に芥川賞を請願する手紙を書いた。結果は落選。選評の中で川端康成は「今回に適当な候補者がなければ、太宰氏の異才などは授賞してよいと思う」と書いているのだが、あるいは手紙を書かなければすんなり受賞したかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この事件が起きたのが昭和11年。その後、太宰は職業作家としての地位を確立していくが、この時代、自分の今を晩年と思っていた青年も少なくなかっただろう。志願兵だった私の父も然りで、一時期は太宰の信者だったらしい。つまり、釈迦に説法とは、本でしか太宰を知らない私に対する皮肉だったというわけだ。（黒）&lt;br /&gt;∞&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>連載コラム「YONDA-HON～小説抄」</dc:subject>

<dc:creator>seisaku</dc:creator>
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