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2009年2月

あなたのシナリオを声優が朗読!!

シナリオを書いてみようと思っている方、シナリオライターを目指している方。

公募ガイド社では、「第3回 シナリオセミナー」を開催いたします。

講師は、シナリオスクールの名門「シナリオ・センター」の人気講師 浅田直亮先生。

Rimg0001_2  浅田先生は、その著書『「懐かしドラマ」が教えてくれる

 シナリオの書き方』 で解説しているように、“お気楽流”

 シナリオ創作法を提唱。

 今回、限られた時間の中で、そのノウハウを伝授

 いただきます。

 第2部では、参加者の皆様に600字シナリオを書いていただきます。

出来上がった作品については、浅田先生が講評。

さらに!あなたのシナリオを声優さんが読み上げてくれます。

オーディオドラマさながらの臨場感を体験してみませんか!!

参加いただけることを、お待ちしております。

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○「第3回シナリオセミナー」 (主催:公募ガイド社 協力:シナリオ・センター

日時/ 2009年3月14日(土)13時30分~17時 (13時開場)

開場/ 新宿スポーツセンター 小会議 (新宿区大久保3-5-1)

参加費/5,000円 (作品添削講座、セミナーポイントカード会員は4,500円)

内容/ 第1部「シナリオの書き方講座」、第2部「ワークショップ600字

      シナリオにトライ」

講師/ 浅田直亮先生(シナリオ・ライター、演出家)

ゲスト/ 声優  宮内隆臣さん、塩入美雪さん (バーディ企画

お申込み等詳細は、こちらをご覧ください。

  

 

 

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言葉処 其の78「読点は一種類でいいか」

「イツモシヅカニワラツテヰル」。これは宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の一節だが、カタカナの連続なので読みにくい。同様に「たとえばかといわれても」も「たとえバカと言われても」なのか「たとえば可と言われても」なのか判別しにくい。漢字もそうで、「その場合は例外です」を「その場合例外です」と書くと、一瞬、「場合例外」という四字熟語(はないけど)に見えて気になる。

つまり、同種のものは一体化しやすいということだが、このようなときはひらがなと漢字、ひらがなとカタカナなどにするか、さもなくば「その場合、例外です」のように間に読点を打てばいい。ただ、このテンがまたやっかいで、記号は一つしかないのに用法は複数あり、国語学者の中には最低でも三つの記号が必要と言う人もいる。ちなみに最多なら十種類が必要だ(テンだけに)。

「僕は彼女と別れ、就職をした」。このテンは重文の境目にあり、ごく一般的なテンの用法。ほか、「おお、神よ」(感動詞の)、「それだよ、問題は」(倒置法)、「准教授、かつての呼称で言う助教授は」(挿入句の前)といった用法もある。紛らわしさの原因は、意味のまとまりのあとに打つテンと、単に語句を分断するためだけのテンの二つがあるからで、違う記号にすればいいのにと思う。

たとえば、「僕は彼女、付き合って三年目だった、と別れ、就職をした」なら、「僕は彼女=付き合って三年目だった‥と別れ、就職をした」とか、「それだよ:問題は」とか。ただ、言葉や記号は共有しあわなければ通じないから、一人では使えない。でも、いつか何かの拍子に普及し、文科省が重い腰を上げることになる。その頃には弥勒菩薩が現れているかもしれないけどね。(黒)

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言葉処 其の77「ものの名前 昆虫編」

「蟻地獄」とはなんとも恐ろしいネーミングだが、おもしろがって蟻を落としてみても、その蟻地獄に合ったサイズでもあるのか、たいがいは平気で脱出していく。この蟻地獄の底で待ちかまえているのは薄羽蜻蛉の幼虫だが、子供の頃、これは「ウスバカ・ゲロウ」と見下して呼んだものだと思っていた。子供は漢字より音から入ることが多いので、しばしばこんな誤解が起きる。

昔はよく桜に虫がつき、それを焼くのが春の風物詩だったが、その虫はアメリカシロヒトリと言った。「シロヒトリ? 鳥なの?」と思ったが、「ヒトリ」なんて虫は聞いたことがなかったし、江戸っ子は「アメリカヒロシトリ」なんて言うから余計に訳が分からない。最近はあまり見かけないが、代わりに「茶毒蛾」が猛威を奮っている。チャドクガ……名前も怖いが、痒さも桁外れ!

コオロギや鈴虫、キリギリスなどの名前の由来は鳴き方にあり、クツワムシは「ガチャガチャ」という声が轡(馬の金具)の音に、また、ウマオイは「スイッチョン」という声が馬方の呼び声に似ていることからきたそうだ。カマドウマは、「カマドの馬のような」の意のようだが、鳴かないせいか親しまれず、よく外トイレで遭遇したので学校では「便所コウロギ」なんて呼んでいた。

ナナフシはその名のとおり足が七本あるように見える昆虫で、よく枝に擬態している。ショウリョウバッタは漢字では精霊バッタと書き、決して「少量」ではない。バッタといえば、「イナゴの大発生」はバッタであることも多いらしい。日本ではイナゴをバッタと言ったり、その逆だったり、またイナゴもバッタもイナゴと呼ぶ地方もあり、なぜか「バッタの大発生」とは言わない。(黒)

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言葉処 其の76「なぜつまらないもの』と言うか」

「つまらないものですが」という言い方は、単にへりくだって言っているだけだと思ったが、さにあらず。かつての日本人は他人から施しを受けることを恥と考え、簡単には受け取らず、中には「我が家が貧乏に見えしか」と激怒する人もいたから、仕方なく「つまらないものですから」と言って強引に手渡したのが、この社交辞令の始まりだそうだ。むろん、父祖の時代の話。

一方、もらったら「お返し」をし、それが恩なら「恩返し」として返すが、これは「恩を受けた相手に直接返す行為」を指したそうだ。だから、受けた恩を別の人に返すような場合は厳密には「恩返し」とは言わず、明治ぐらいまでは「恩送り」と言った。これは恩をひとつの荷物として捉え、受けたら誰でもいいから誰かに返すというもの。この発想は洋の東西を問わないらしい。

映画にもなった『ペイ・フォワード』(原題『Pay it forward』)は、意訳すれば「次に回せ」。「世界を変える方法を考えて、それを実践しよう」という課題を出された11歳の少年が、一人につき三人の人を助け、その善意をねずみ算式に増やすことを思いつくという話だが、この発想はまさに「恩送り」だ。ただ、恩は順々に送られるが……まだ見ていない人がいたら困るので以下省略。

モースの『贈与論』によるとポトラッチという部族は、お返しするものがないと代わりに今あるものを捨て、家族を殺すことさえあるという。返すにしろ失うにしろ、もらうことで生じた精神的負荷がなくなればいいのだ。その意味ではお返しはしたいからするのではなく、せざるを得なくてするもの。「つまらないもの」という言い方は、そのときの精神的負荷を軽減する。(黒)

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言葉処 其の75「ものの名前 地名編」

「太秦(うずまさ)」「東雲(しののめ)」などは知らなければ読めない。鳥取の「大山(だいせん)」も「おおやま」とよんでしまいそう。西南戦争の舞台「田原坂(たばるざか)」など九州は「原」を「ばる」と読むことが多く、「前原市」は「まえばる市」。また、沖縄に難読地名が多いのはご存じの通りで、「西表(いりおもて)」「北谷(ちゃたん)」などは後で漢字を当てたものだろう。

意外だったのは香川の「観音寺市」が「かんおんじ」だったこと。観音様は「かんのん」で、発音上、「KAN-ON」が「KAN-NON」となるが、「観音寺市」はなぜか連声(れんじょう)しない。そう言えば、西日本では「中島(なかしま)」「山崎(さまさき)」など連濁しないことも多い。でも、元ホークスの「城島(じょうじま)」選手は? もしかしてご先祖様は東日本の人なのかも?

北海道も難読地名の宝庫。「知床」はアイヌ語で「地の果て」という意味だそうだが、日本の知床のほか、それより北、間宮林蔵の通った樺太にも「シレトコ」がある。「渋谷」の「谷」もアイヌ語の「ヤツ」が語源で、東日本には「谷(や・やつ)」という地名が多い。鎌倉は「谷(やつ)」だらけだ。「能登」も語源はアイヌ語で、これは鼻や突き出たものを指す「ノット」に由来する。

外国には笑える地名がある。「スケベニンゲン(オランダ)」、「エロマンガ(バヌアツ)」、「マルデアホ(アルゼンチン)」、「オナラスカ(アメリカ)」とか。日本代表は愛媛の「土居中」……ド田舎って。ついでに高校名を調べたら、「多古(千葉)」「可児(岐阜)」「伊香(滋賀)」なる高校があった。タコ、カニ、イカ。これでエビ高校があったらグランドスラムだったんだけどなあ。(黒)

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