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2009年1月

言葉処 其の74「和製漢字と新名詞」

一説によると漢字が日本に伝来したのは紀元前3世紀だそうで、以来、日本人は漢字を輸入しつつ、さらには会意によって独自の漢字(国字)も考案している。「身が美しい」で「躾」とか、「神棚に供える木」で「榊」とか。「峠」「凪」「辻」なども和製漢字で、大半は訓だけだが、「働く」は「動」から、「搾る」は「乍」が「作」の旁であることから、これを音読みにしている。

明治期になると、大量の外国語を和訳する必要が生じ、「型録(カタログ)」「画廊(ギャラリー)」「簿記(ブック・キーピング)」などの造語が生まれる。思想用語も多くは明治期に生まれ、「否定・肯定・主観・客観・帰納・演繹・命題・理性・現象」などは西周の造語だそうだ。「哲学」は「賢哲を希求する」の意から「希哲学」だったが、いつしか「希」がとれて「哲学」となった。

近代になって洪水のように押し寄せてきた西洋文明を翻訳しなければならない事情は中国も同じで、漢字しかない中国では「可口可楽(コカコーラ)」など様々な外国語を意訳、音訳しているが、日本生まれの新造語(新名詞)は同じく漢字であることから、訳さずにそのまま使うこともできた。「刺身」などもその一例だが、そうした便利さゆえに近代以降の中国語は新名詞で溢れた。

清末の政治家、張之洞はこうした情勢から「中国語が日本語になる」と危機感を抱き、「新名詞を使うな」と提言したが、皮肉にもこの「新名詞」という言葉自体が新名詞だった。ネットでネット批判をするようなものだが、時流には逆らえず、今やサブカル用語など多くの日本語が中国語に紛れている。もっとも様々な外来語を日本文化に取り込んできた日本語も事情は同じだが。(黒)

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「第12回 文化庁メディア芸術祭」開催

アート、アニメ、映像、ゲーム、ウェブ、マンガなど、世界44ヶ国・地域の2,146点

から選ばれた作品が一堂に会するフェスティバル「第12回 文化庁メディア芸術祭」

が、2月4日(水)から国立新美術館で開催されます。

同フェスティバルは、メディア芸術の創造とその発展を図ることを目的にして

1997年度から毎年開催。創造性あふれる作品を顕彰するとともに、その創作活動を

広く紹介するイベントです。

art  movie  game  cd    book

○平成20年度「第12回 文化庁メディア芸術祭」

日時/平成21年2月4日(水)~2月15日(日)

     10時~18時(金曜は20時まで) ※2月10日(火)は休館

場所/東京・六本木 国立新美術館

入場料/無料

展示、イベント内容等詳細は、文化庁メディア芸術祭ホームページをご覧ください。

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言葉処 其の73「ものの名前 氏名編」

あるとき電話で名前を聞かれ、「森清」と名乗ったところ、「森という字は?」と言うので「木を三つ」と説明した。「きをみっつですか」訝る相手に、「そう。それにサンズイに青」と言ったところ、送られてきたDMには「森清光」と書かれていて笑ってしまった。「木を三つ」が「清光」に聞こえたらしいのだが、それにしても「光」の字はいったいどこから出てきたのだろう。

電話で漢字を説明するときなどは、たとえば「青山」なら「青は色の青、山は山川豊の山」などと色や人名などを出して言ったりする。以前、問い合わせがあり「さいか」と言うので、「雑賀孫一の雑賀ですか」と言ったら一瞬で通じた。この手でいくなら「森は森進一の森、清は山下清の清」と言ったほうがよかったと思うが、ただ、引き合いに出した人物を相手が知らないと困る。

それならばと「森はWood」のように英語で言う人もいるが、これも必ずしも万能ではない。たとえば「かわはRiver」では「川」か「河」か分からず、「おかはHill」では「丘」か「岡」か分からない。英語と言えば、外国人名の場合も事情は同じで、「プロ野球選手のローズと同じ」と言われても、バファローズならRhodes、ベイスターズならRoseだからフルネームでないと区別がつかない。

フルネームでも、引き合いに出した人物が「真弓真由美」だったら「真弓」か「真由美」か分からない。辰己辰美、渥美敦美、勝見克美、三木美樹、三波南、里見聡美、三輪美和も。分からないと言えば、ハリソン・フォードとジョージ・ハリソンが結婚したらハリソン・ハリソンマイケル・ジャクソンとジョージ・マイケルならマイケル・マイケルで、こちらは姓と名の区別がつかない(黒)

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言葉処 其の72「百年の誤読」

セールスに来た男性は声を大にして「他社とは一線をガして」と言った。一瞬なんのことかと思ったが、すぐに「画(かく)して」の誤りだと気づいた。「画」に訓はなく、音読みは「ガ・カク」の二通りしかないが、50%の確率は彼に幸いしなかったようだ。折しもコロンビアの作家、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』がノーベル文学賞を受賞してベストセラーになっていたときだった。

かく言う私は「鼓舞」が読めなかったが、同僚が「コブ」と言うのを聞き、初めて正しい読みを知った次第。その同僚は「大所高所(オオショコウショ)」と言っていたが、これは「タイショコウショ」。「大」は続く言葉が漢語なら「タイ」「ダイ」だが、どっちか区別がつきにくく、さらに「大地震(おおじしん)」「大舞台(おおぶたい)」とも言うなどややこしいことになっている。

「魚心あれば水心あり」は「ギョシン」と「スイシン」だと思っていた。これは「魚(ウオ)、心あれば、水、心あり」だそうで、「魚に水を思う心があれば水もその気持ちを汲み取るだろう」という意味だ。芭蕉の「硝子の魚おどろきぬ今朝の秋」の上五は「ガラスのさかな」かと思ったが、これは「びいどろのうお」と読むそうだ。「びいどろ」って、芭蕉も意外(?)とハイカラ(死語)だな。

仮名を読み間違うこともある。「ウコン」を「ウンコ」、「おこと教室」を「おとこ教室」と読むとか。私はよしもとばななの『サンクチュアリ』を『サンクチュリア』だと思っていたし、『あしたのジョー』の「ハリマオ」は「ハリオマ」だと思っていた。そう言えば、車窓から見えた「五反田」のふりがな「ごたんだ」が一瞬「なんなんだ」に、「代々木」が「佐々木」に見えたこともあった。(黒)

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言葉処 其の71「丑年と牛」

2009年は丑年。牛というとのんびりしている印象が強く、「元旦に神殿に来た順に干支とする」と言われ、早くに出発したはいいが、ゴール直前になって頭に乗せていたネズミに一等賞を奪われるあたりは、なんとも間が抜けている気がする。この印象のせいか「鈍牛」といった言葉もあるが、本物は乳牛でも迫力があり、いつ「猛牛」に変わるか分からないと思うとかなり怖い。

英語では牛は雄か雌かで「bullcow」と言い方が変わる。以前、「OX(オックス)」というバンドがあったが、これは去勢された牡牛。男性バンドで去勢はどうかと思うが、それ以上にグループなので「OXEN」と複数形にしてほしかった。ちなみに広島カープの「CARP」は単複同形。オリックス・ブルーウェーブは複数形にすると小波の集団に思えるから敢えて単数形にしたのだそうだ。

牛肉をはじめ、内臓などは部位によって言い方が変わり、ご存じのとおり、レバーはそのまんま「LIVER(肝臓)」から来ている。ボクシングの「リバーブロー」も「肝臓」で、でも、リブロースのRIBは肋骨。意外なのは、ハツが「HEART(心臓)」から来ていること。ハラミ(腹身)やミノ(蓑)は日本語で、ホルモン(ほおるもの)は関西弁と語源は多種多様のようだ。

「甲子」「戊辰」「壬申」などの十干十二支は1012の組み合わせだから120通りあるはずだが、さにあらず。十干は10年で一周するが、このとき十二支が二つずれてしまうので、10×660年で還暦を迎える。十干は木火土金水の五行にそれぞれ兄弟がいて、木の兄なら「甲(きのえ)」、木の弟なら「乙(きのと)」と書く。2009年は「己丑(つちのとうし)」で「土」と「牛」。鈍牛で行くか、猛牛で行くか。(黒)

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新年!

2009年、明けましておめでとうございますsunfuji

ブログ「創・咲く!」では、本年も創作活動に役立つような情報を

発信していく所存です。

皆様にとって、よい一年になりますようsign03

よろしくお願いいたします。

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